後期研修医の鈴木です。
 福山南病院から当科へ3か月間のローテに来られていた吉田先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表をしてくださいました。今回は、説明が上手く相手に伝わらないときに考えるべきことについて、学びを共有してくださいました。

※症例の詳細については、個人が特定できないよう、適宜修正を加えています。

一見「しっかりしている」患者さん、実は…

〈症例〉
 80代男性が、前立腺癌の多発骨転移による疼痛のコントロール目的で入院されました。
 ベッドサイドでお話を伺うと…

主治医)痛みはどうですか?
患者さん)NRS 8です(主治医から見たFace scale 1)。
主治医)痛み止めを使いましょうか?
患者さん)いや、別にそこまでの痛みじゃないので大丈夫です。

—- 〈後日〉 —-

主治医)レスキューのお薬を沢山使われていますが、痛みがひどくなりましたか?
患者さん)痛くなくても1時間おきに使う薬なんだと思っていました。

 吉田先生は、普段病棟で会話する時の患者さんはとてもしっかりとした受け答えをされる一方で、NRSの判断基準やレスキューの使用方法など、主治医が説明したはずのことを上手く理解されていない様子が繰り返し見られることに対し、違和感を覚えました。なぜ伝わらないのか?どう対応すればいいのか?という疑問から、今回のテーマを発表してくださいました。


理解が得られにくい患者背景をどう捉えるか

 いくつかの文献を踏まえ、吉田先生は理解が得られない患者背景因子として以下を挙げられました。

  • 認知機能障害
  • ヘルスリテラシーの低さ(数的理解・医療用語の理解不足)
  • 教育歴・発達歴
  • 心理的要因(不安・抑うつ・恐怖)
  • 文化的・家族的背景(医療に対する信念など)
  • 聴覚・視覚障害、言語の壁

 中でも今回、吉田先生が注目したのが認知機能障害でした。


認知症と軽度認知障害(MCI)

 認知機能障害は、記憶障害、見当識障害、判断力低下の要素で構成されます。このうち記憶は、新しい出来事を記憶(記銘)し、それを保持(把持)し、あとで思い出す(想起)の三段階からなります。認知症は新しい出来事を記憶することが難しくなる、記銘力障害が共通する特徴です。家族から「昔のことはよく覚えていて…」とお話があったとしても、認知症が無いという判断はできません。

 吉田先生は患者さんの背景に認知機能障害が隠れているのではないかと考え、改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)を評価しましたが、点数は25/30点でした。しかし、吉田先生は病棟でのやり取りから認知機能低下はやはり存在するのではないかと考え、軽度認知障害(MCI)の可能性を検討しました。

 MCIは、認知機能低下が進行し記憶障害を生じているものの、日常生活には影響があまり出ておらず、認知症の診断には至っていない状態を指します。本人には特段の自覚症状がなく、家族も十分に気を付けていなければ気づかない場合が多いとされています。年間に約10%のMCI患者が認知症に移行するとされており、BADLは保たれているがIADLが障害されやすいことがMCIの特徴です。HDS-Rは記憶や見当識の評価を重視しており、認知症のスクリーニングに適している一方で、遂行機能障害の評価ができないため、MCIを拾い上げることは困難です。MCIのスクリーニングツールとしては、図などを用いて注意力や遂行機能の評価を重視するMoCA-Jが知られています。MoCA-J 25/30点(MCIのカットオフ値)はHDS-R 28/30点に相当するため、HDS-R≦28/30点の場合にはMCIの可能性を考慮する必要があります。今回の症例はHDS-R 25/30点であり、説明が伝わりにくい背景にMCIが存在していた可能性がありました。


「伝わりにくい相手」への説明の工夫

 米国腫瘍学会のコンセンサスガイドラインでは、「伝わりにくい相手」への説明方法として、以下のようなポイントが紹介されています。

  • 重要なポイントに絞り、簡単な言葉で説明する
  • 繰り返し説明する
  • 家族にメモを取るよう促す
  • 視覚・ピクトグラム・聴覚・書面など、複数の方法を併用する
  • 相対的なリスクではなく絶対的なリスクとして説明する
    例:「副作用の確率は10%です」⇒「副作用は10人に1人に起こります」
  • 相手の理解度を都度確認する

 特に、説明を理解できなかった人の約8割が、理解できていないことを医療者に言えずにいるとされています。背景には、「頭が悪いと思われるのではないか」「何度も聞き返すことで相手の気分を害するのではないか」といった心理要因が指摘されています。実際に理解度を確認する方法としては、説明を受けた相手に自身の言葉で同じ内容を改めて話してもらうティーチバック法が有効です。「では、今話したことを私に説明してください」というような聞き方は心理的圧迫感を与えうるため、「今の内容をご家族に伝えるとしたら、どんなふうにお話しされますか?」のような穏やかな聞き方が良いとされています。システマティックレビューでも、知識定着・QOL・入院率などに有意な改善が得られているようです。


実症例での実践

 吉田先生は患者さんに対して、以下のことを実践しました。

  • NRSの目盛りを紙に書いて一緒に確認する(シンプルな言葉+視覚的説明)
  • ノートにレスキューを使用した「時間」と「その時のNRS」を記録してもらい、回診の際に患者さんと一緒に振り返りを行う(繰り返しの説明)
    例:「NRS8:リハビリから帰ったら痛くてたまらなくて使った」
      「NRS5:痛みはそこまで強くないけど中々治らないので使った」
      「NRS8でも、痛みがすぐに引きそうな時には使わない」

 その後、ティーチバック法を用いた「家に帰った後、どういうときにこの薬(レスキュー)を使いますか?」のような患者教育や、家族への疼痛コントロール方法の共有を行い、患者さんは無事自宅退院されました。


まとめ:伝わらないのは誰の問題か

 吉田先生は、患者さんが「NRS8でも、痛みがすぐに引きそうな時には使わない」のように自分なりの対応をしていたことに気づき、「理解が得られにくい」ことを理由に患者さんの情報を十分聞き出す努力ができていなかったのではないか?という自己省察を語られました。説明が伝わらないと感じたときには、認知機能障害などの患者因子を検討するだけでなく、医療者側が患者さんの語りに耳を傾け、その人に伝わるような説明のスキルを身に着ける必要があるということが、今回一番の学びでした。

 吉田先生、3か月間の研修お疲れさまでした!


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