後期研修医の鈴木です。
 当院総合診療科専攻医で、当科へ6週間のローテーションに来られていた中里先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表をしてくださいました。今回は、患者さんの言葉を契機に中里先生が直面した倫理的葛藤を振り返り、患者さんの希望と医学的判断が一致しないときの折り合いの付け方について、学びを共有してくださいました。

※症例の内容については、個人情報が特定できないよう適宜修正を加えております。


両下肢壊死が進んでいるが、「足を切りたくない」患者さん

<症例>
 70代で基礎疾患に糖尿病があり、末期腎不全のため維持透析中の方です。閉塞性動脈硬化症(ASO)による下肢虚血に対して血管内カテーテル治療(EVT)を行われたが、その後も下肢の血流不良は改善せず、経過は良くなかった。これまでに複数回の入退院を繰り返しており、前医主治医から下肢の切断術を提案されたが、希望しない状況であった。両下肢の疼痛が強く、疼痛コントロール目的で当科へ紹介となり、中里先生が診療を担当しされました。

 中里先生は、壊死巣からの感染や疼痛増悪のリスクから、医学的には前医主治医と同じく下肢切断が合理的な選択肢であると考えました。一方で、ベッドサイドで本人からは「歩けなくなるのは嫌」「車椅子生活になることも嫌」「施設には行きたくない、自宅で過ごしたい」と、両下肢切断をしないことに対する強い希望がありました。この状況を臨床倫理の四原則に沿って検討すると、以下のような葛藤が浮かび上がってきました。

  • 自律尊重:患者の意思は原則として尊重されるべきである。
  • 無危害原則:下肢の壊死病変を放置すると、感染・疼痛増悪のリスクとなる。
  • 善行原則:下肢切断により、苦痛を感じる期間を短縮できる可能性がある。
  • 正義の原則:治療選択肢を検討する際、社会資源や医療費の公平性についても考慮が必要である。

治療選択肢ごとのベストケース/ワーストケースシナリオを検討する

 中里先生は、ASOの治療選択肢を3つ挙げ、それぞれの治療選択肢を選んだ際のベストケース/ワーストケースシナリオを検討しました。

1. 血液浄化療法(レオカーナ)を導入した場合

  • ベストケース
    • 血流改善が得られ、潰瘍の進行を抑制できる可能性がある。
    • 感染リスクが減り、下肢切断を回避できる可能性がある。
    • 「歩くことができる生活」をある程度維持できる可能性がある。
  • ワーストケース
    • 週3回の維持透析に加えて週2回の血液浄化療法を行うこととなり、通院・入院負担が大きい。
    • 症状改善が得られなければ、最終的には下肢切断が必要になる可能性がある。
    • 治療の合併症(低血圧、倦怠感など)により、QOLがむしろ低下する可能性がある。

2. 保存的加療(処置・感染コントロールのみ)を選択した場合

  • ベストケース
    • 進行は比較的緩やかな予測であり、しばらくは自分の足を保つことができる。
    • 大きな入院治療を避け、自宅や施設での生活を続けられる。
    • 「下肢を切断しない」という本人の希望をしばらく守ることができる。
  • ワーストケース
    • 潰瘍病変の進行により、感染を契機とする全身状態悪化や、強い疼痛の出現が予測される。
    • 緊急入院や緊急下肢切断が必要になる可能性がある。
    • 状態悪化が早かった場合、本人・家族が「もっと早く決断していれば」と後悔する可能性がある。

3. 両下肢切断を選択した場合

  • ベストケース
    • 感染源が除去され、生命予後が延びる可能性が高い。
    • 創部の安定化により、疼痛から解放される可能性が高い。
    • リハビリテーションの結果、義足歩行を獲得できる可能性がある。
  • ワーストケース
    • リハビリテーションが進まずADLが大幅に低下し、車いす生活になる可能性がある。
    • 本人が「望んでいない選択を押し付けられた」と感じてしまう可能性がある。
    • 本人が「歩けない自分」を受け入れられず、心理的苦痛が増す可能性がある。
    • 状態悪化が早かった場合、本人・家族が「もっと早く決断していれば」と後悔する可能性がある。

 中里先生はそれぞれの治療選択肢を比較検討し、改めて本人とも話し合ったうえで、まず両下肢切断については本人の強い希望を優先して見送りました。血液浄化療法は透析との併用負担が大きく、またこの患者さんが過去に血液浄化療法を導入されたものの効果に乏しかった経過があることから、最終的には下肢病変の外用処置のみを継続する保存的治療の方針を決定しました。


希望が叶えられないときには、「諦め方」という視点を持つ

 今回の症例では結果的に本人の「足を切りたくない」という希望を優先した治療方針決定がなされましたが、患者さんの中には、残念ながら現実的に叶えることが難しい希望を持たれて受診される方も少なくありません。発表の中で中里先生は、「人はどう諦めるか」という教育心理学的な枠組みを紹介されました。

諦めの分類

  • 放棄する(ただ諦める)
  • 現状を許容する(まあこれでいいか)
  • 目標の妥協(水準を下げる)
  • 手段を変える(別のアプローチをとる)
  • 目標の再選択(全く別の望みを持つ)

研究報告

  • 希望がかなわないとき、最も良いとされるのは「全く別の目標を持つこと」である。
  • 単に希望を放棄することは不安・不満を増やし、悪影響が大きい。
  • 手段変更や目標水準の見直しは一定の自己受容につながる。

 患者さんの希望を「医学的に正しくない」「現実的に実現できない」と否定してしまう前に、まずは本当にその選択肢が選べないのかを一歩立ち止まって検討し、それでも難しい場合にはアプローチ方法の変更や目標水準の見直し、あるいは別の目標を見つけていくことができるように支援することが、患者さんがよりその人らしい過ごし方を選ぶ一助になるのではないでしょうか。



研修を振り返ってのまとめ

 実臨床の場では、患者さんやご家族の価値観と医学的な現実との間にズレを生じることも少なくありません。しかし、患者さんやご家族の希望の背景には、「その人らしくありたい」というこれまでの人生に基づいた価値観があり、医療者が安易にそれを否定してしまうことは、ともすれば対立構造を生んでしまいかねません。意思決定の理論を学習し、患者さんと医療者がお互いに納得できる「オトシドコロ」を決めていくプロセスの大切さを再確認することができました。
 中里先生、6週間の研修、お疲れ様でした。

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