後期研修医の鈴木です。
 当院初期研修医で1か月間のローテに来られていた馬場先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表をしてくださいました。今回は、スピリチュアルペインの評価と介入を経験して得られた学びを共有してくださいました。

※症例の詳細については、個人が特定できないよう、適宜修正を加えています。

全人的苦痛の視点から

 馬場先生が印象に残った症例として挙げられたのは、末期癌のAさんです。これまで大きな既往歴もなく、自立した生活を送ってこられたAさんは、癌と診断された際、積極的な治療を行わない(BSC:Best Supportive Care)方針を選ばれていました。しかし、その後腫瘍による消化管閉塞を発症したため、食事摂取の可否が予後を左右すると判断され、姑息的に腸管のバイパス手術を受けられました。

 手術から数週間後、当科へ転科したAさんは、中々食事が食べられず、「なかなか食べられない」「水を見るだけで吐き気がする」との言葉があり、薬剤での対症療法も行われましたが中々奏功しません。Aさんは、「こんなことなら死んだほうがましだ」と馬場先生に訴えました。

 この状況に対して、馬場先生は指導医と相談し、全人的苦痛(トータルペイン)の視点から患者さんの状況を評価しました。全人的苦痛とは、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、そしてスピリチュアルペインの4要素が相互に影響し合って患者さんの苦痛が形成されるという概念です。本症例では、通過障害や筋力低下といった身体的要因に加え、退院して家に帰りたいという社会的欲求、そして「これまでできていたことができなくなった」という、自己の存在意義に関わるスピリチュアルペインが複雑に絡み合っていました。


スピリチュアルペインの三つの柱

 スピリチュアルペインは、一般に「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義されます。馬場先生は、この苦痛を理解するための枠組みとして、村田理論(スピリチュアルペインは時間存在、関係存在、自立存在の三つの柱によって構成される)に注目しました。

 第一の柱である「時間存在」とは、患者さんの過去と現在、そして未来が絶え間なく存在しているという実感です。未来に続くはずだった時間が死によって途絶えてしまう現実に患者さんが直面した時、現在の生きる意味を見失ってしまうことがしばしばあります。Aさんも、半年後に生まれる予定だったひ孫に会えないかもしれないという絶望から、未来への希望を抱けなくなっていました。

 第二の柱である「関係存在」は、他者との関わりを通じて自己のアイデンティティが確立されているという考え方です。病によってこれまでと異なる生活を強いられている、これまでの他者との関係性が失われてしまうと感じる時、患者さんは深刻な自己同一性の危機を経験します。

 第三の柱である「自立存在」は、自己実現や自己決定ができる状況が続くことを指します。特に日本人において、食事を摂るという行為は「人間としての尊厳を保つ最後の砦」として捉えられる傾向があります。Aさんは、歩ける、食べられるといったこれまで当たり前にできていた生活動作ができなくなったことで、自立性の柱を失い、最も深刻なスピリチュアルペインを引き起こしていたと馬場先生は分析しました。


CareとCureの統合

 スピリチュアルペインの苦しみは、客観的な事実と、主観的な願いや価値観との間に「ずれ」が生じることで生じます。このずれが大きくなるほど、スピリチュアルペインはより深いものになります。この苦しみに対するアプローチには、医学的な病態を改善する「Cure(治療)」と、主観的な価値観や意味付けに働きかける「Care(癒し)」の二通りの方法があります。

 Aさんの状況でも医学的な病態の改善が見込める治療として、馬場先生はリハビリテーションによる体力維持や廃用性筋・筋膜痛の予防を挙げました。加えて、臨床心理士を含めた医療チームとの対話が、AさんのCareに重要な役割を果たしました。対話を通じて、Aさんは徐々に「元気になりたい」「家に帰って、よくしてくれる親族や近所の人たちに会いたい」という本心を語ってくださるようになりました。「家に帰る」という目標が明確になったことで、リハビリテーションでも病院外の空気を吸うことを小目標として設定しステップアップしていくなど、自宅復帰を現実的な可能性として提示することができるようになり、Aさんも活力を取り戻していきました。CureとCareが統合されたことで、Aさんが潜在的に持っていた現実的に達成可能な希望が顕在化し、他者との関わりや新たな目標設定を通じて自立存在や関係存在の柱が修復されていったと、馬場先生は評価しました。


研修を振り返ってのまとめ

 馬場先生は、本症例を通じた学びとして、スピリチュアルペインの所在を的確に見極め、多職種で共有することの重要性を挙げました。また、感情に共感し言語化する「NURSE」の手法を意識的に用いることで、患者さんに寄り添う姿勢を養い、先生が提供出来るケアの幅を広げることができたとまとめられました。

NURSE:共感的コミュニケーションの技法

  • Naming(感情に名前をつける):つらいのですね、と共感する。
  • Understanding(理解を示す):そう思うのも無理はありません、と伝える。
  • Respecting(敬意を払う):これまでよく頑張られましたね、と認める。
  • Supporting(支持する):私たちはあなたの味方です、と示す。
  • Exploring(さらに深掘りする):もう少し詳しく教えていただけますか、と促す。

 馬場先生、1か月間の研修、お疲れ様でした!

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