後期研修医の鈴木です。
 今回は、山口大学総合診療部から当科へ2年間の研修に来させていただいている私の、これまでの当科での研修を振り返った中間発表を共有いたします。


家庭医療×トータルペイン

家庭医療の分野では、病気(sickness)を疾患(disease)と病、あるいは病体験(illness)の2つの要素に分けて捉えます。

  • 疾患(Disease):診察所見や検査結果など客観的データで定義される、生物学的な診断
  • 病体験(Illness):心や体に起こる問題を通じて患者個人が体験する、主観的な苦しみ

 疾患と病体験はお互いに重なり合う部分がありつつも、2つの要素が完全に一致することはないとされています。同じ疾患を診断された患者さんであっても、それぞれに異なる生活背景を持っている以上、病気に対する受け止め方やそれによる生活への影響(病体験)も様々です。

 このような疾患と病体験を合わせ、患者さんが抱える病気を詳細に評価するために用いるフレームワークとして、生物心理社会-スピリチュアルモデル(BPS-Sモデル)があります。BPS-Sモデルは、生物学的問題・心理学的問題・社会学的問題・スピリチュアルな問題の4つの次元を切り口に、患者さんの病気を構成する問題を分類していきます。

 話を緩和医療の分野に戻すと、患者さんの苦痛を評価するツールの一つに、トータルペインの考え方があります。トータルペイン(全人的苦痛)は、身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛・スピリチュアルペインの4つの次元を切り口に、患者の苦痛を全人的な視点から検討するものです。鈴木は、緩和医療と家庭医療が別々の学問領域であるにもかかわらず、トータルペインBPS-Sモデルという「患者さんの苦しみを全人的に評価する」ためのフレームワークを持っていることに興味を抱きました。


全人的ケア(Whole Person Care)

 米国緩和ケア医のHutchinson先生は、医療者に求められる二つの役割をこう述べています。

医師はCuringとHealingを同時に進めなければならない。Curingは疾患の治癒や障害の改善を目指すことで、医師にしかできないが、Healingは患者を内面から補完するような過程であって、医師には手伝うことしかできない。
[Hutchinson TA. Whole Person Care: A New Paradigm for 21st Century. New York, Springer. 2011: xi-4]

 疾患(Disease)を治すCuring、病体験(Illness)を癒すHealingと捉えれば、全人的ケアを目指す家庭医療と緩和医療の間では、ここにも考え方の通ずるところがあると言えそうです。

ナラティブ・ベースド・メディスンと生活史的混乱

 家庭医療の世界では、病体験へのアプローチをナラティブ・ベースド・メディスン(NBM)と呼びます。NBMでは、患者さんの苦痛は物語として表現されます。日々、自分を主人公とした物語を生きてきた個人が、ある時病気を発症したり、社会的苦境に立たされると、「患者さん」や「支援を受ける人」になります。この時、これまで個人の物語を形成してきた行為や考え、例えば「私は毎日ランニングをしているから健康なんだ」だったり、「仕事終わりのこの一服があるから頑張れる」だったりといった、確立されたアイデンティティは、これらの困難によって変化することを強制され、アイデンティティの連続性が断絶します。この、病気などによってアイデンティティの連続性が断絶する現象を生活史的混乱と言い、生活史的混乱によって個人の物語が破綻することで苦痛が生じます。この、生活史的混乱によって変化を余儀なくされた物語を、患者さんと医療者が協働して再構築し、新しい物語を紡ぎ出していく経時的な関わりこそが、Healing、つまり病体験癒していく過程と言えます。生活史的混乱には、以下の3つの段階があります。

  • 認識段階(病気による「何かがおかしい」という違和感の体験
  • 混乱段階(これまでの人生の前提の根本的な揺らぎ
  • 対応段階(新しい現実に適応するための試行錯誤)

 大事なことは、疾患(Disease)の重症度に関わらず、患者さんにとって重要な意味を持つ活動や役割が制限されれば、深刻な生活史的混乱が生じることです。また、生活史的混乱は、患者さんが自身の人生に新しい意味付けや役割を見出すことができると、混乱が収まりやすいことが知られています。この生活史的混乱が端的に表れる場所は、患者さんの日常会話です。「前の自分とは違う」「これからどうしたらいいかわからない」「家族に迷惑をかけてばかり」、あるいはもう少しわかりやすいところで「もう元には戻れない」「自分らしさを失った」といったキーフレーズを、単なる愚痴として傾聴するのではなく、アイデンティティの危機と捉えて対応することが重要です。

生活史的混乱と村田理論

 村田理論で有名な村田先生は、過去の自分と今日の自分、今日の自分と明日の自分は変わらず続いていくという「時間存在」、周囲の人間と安定した関係性を築いているという「関係存在」、自分のしたいことに対して自己決定権を持っているという「自律存在」、これら3本の柱が崩れることでスピリチュアルペインが生じると指摘しました。こうした、「今までこうあった自分」が失われる痛みというのは、人生の連続性の喪失やアイデンティティの危機、すなわち生活史的混乱と言い換えることもできるのではないでしょうか。鈴木は、患者さんの病前と病後で変化した生活状況を家庭医療の枠組みで捉えなおし、患者さんが自身の人生に新しい意味付けや役割を見出すことができるよう支援することが、そのまま患者さんが抱えるスピリチュアルペインへの支援につながるのではないかと考えました。


まとめ

 今回は、緩和ケアを学ぶ家庭医の視点から、鈴木が感じた緩和医療と家庭医療の親和性について発表させていただきました。患者さんの生きてきた物語を理解することは、“治す”と“癒す”の両面から患者さんを支える、緩和医療と家庭医療の双方に共通する原点なのではないかと感じています。診療で患者さんやご家族、地域へ還元できるよう、引き続き研修に励ませていただきます。

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