後期研修医の鈴木です。
 当科で3か月間の研修を終えられた、飯塚・頴田総合診療専門研修プログラム専攻医の吉岡先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表を行いました。今回は「在宅看取りの障壁」をテーマに、患者さんやご家族・介護者が自宅での看取りを望む際に直面する課題について、具体的な症例を通じた学びを共有いただきました。

※症例の詳細については、個人が特定できないよう、適宜修正を加えています。

「家へ帰る」強い覚悟

 吉岡先生が提示されたのは、独居で生活する70代の肝硬変の男性の事例です。この方の身寄りは県外に住むお兄さん1人のみでしたが、近所に住む友人が毎日欠かさずお世話に通い、実質的な介護者としての役割を果たしていました。また、自宅で飼う2匹の猫は「猫の世話があるから入院したくない、お家が1番落ち着く」と患者さんが語るほど、患者さんに沿って療養生活を支える大きな生きがいとなっていました。このような状況のもと、訪問看護が2日に1回、訪問介護が毎日、訪問診療が週1回という体制で在宅医療が開始されました。

 訪問診療を導入後、患者さんは短期間で胆管炎を再発し、入退院を繰り返しました。3回目の入院時に慢性腎臓病の進行があり、人工透析導入が検討される状況となりました。しかしこの時点でのADLからは外来通院での透析継続は困難と判断され、患者さんは「透析はせず、命が短くなっても家で最期を迎えたい」と自宅退院を強く希望されました。再び訪問診療を導入しましたが、退院から12日後、友人と歓談している最中に患者さんは急変され、近隣病院へ救急搬送されましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました。

 最期を自宅で迎えたいという強い思いを持って帰宅した患者さんが、状態悪化時に近隣病院へ救急搬送された背景について、吉岡先生は医療における多面的な評価枠組みであるBPS(Bio-Psycho-Social:生物・心理・社会的)モデルを用いて多角的に要因を分析しました。

1. 生物学的要因:予後予測の難しさと予期せぬ急変

 退院当日、入院中に続けられていた1日500mlの末梢点滴を中止し、翌日にはお薬を飲むことが難しくなったため内服薬もすべて中止されました。退院7日目の定期診察では、意識レベルが少し低下し、食事もほぼ摂れていない状態でした。しかし、尿量は600mL/日程度保たれており、この時点で医療者側が日単位で亡くなられるという予測を立てることが非常に難しい状態でした。さらに、在宅チームは腎不全の進行による穏やかな経過で看取りを迎えると考えていたため、肝硬変由来と思われる突然の吐血は医療者にとってもご友人にとっても予期せぬ急変となり、救急搬送につながる直接的な原因となりました。

2. 心理・精神的要因:介護者と医療者の不安や疲労

 国内の研究では、在宅看取りが実現される要因として「常にそばにいる介護者がいること」や「在宅に移行してから亡くなるまでの期間が30日以内であること(介護者の負担が抑えられること)」が挙げられています。一方で、本事例で介護を担っていたのは介護経験のないご友人であり、2週間近く、連日の介護を継続していたことによる心身の疲労があったのではないかと吉岡先生は指摘しました。そのような状況で、激しい吐血という衝撃的な場面に直面したご友人の心理的負担は非常に大きかったと思われます。事前に吐血の可能性を医療チームが予測し、具体的な対応方針を共有しておく、黒いタオルを準備しておくといった具体的な支援を行うことで、介護者の心理的な負担への配慮ができた可能性はあるかもしれません。

3. 社会的要因:非がん疾患の終末期医療制度の壁

 がん以外の病気(非がん疾患)の終末期における在宅医療には、制度的な限界が存在します。がん患者さんのように毎日訪問看護を利用するためには、「特別訪問看護指示書」という医師の指示書が必要になります。しかし、この指示書は14日間しか有効期限がなく、同じ月の中に2回発行することができません。今回患者さんが吐血されず、このままお家での療養を続けることができていた場合、数日後には訪問看護の頻度が2日に1回に減ってしまうという制度的な壁に直面していました。

研修を振り返ってのまとめ

 吉岡先生は今回の事例を振り返り、在宅看取りを叶えるために医師が実践すべきアプローチを整理しました。

①生物学的側面では、メインの病態だけでなく、起こり得るすべての急変(今回の場合は肝硬変による吐血)を想定し、あらかじめ予測して準備すること。
②心理的側面では、患者さん本人だけでなく、その周りで支えているご家族やご友人(主介護者)、そして対応する医療者自身の不安や疲労にも目を配り、包括的にケアすること。
③社会的側面では、制度的な限界を医療者が正しく自覚し、ケアの空白が生まれないよう先手を打って準備を進めること。

 在宅看取りの場面に限らず、これらの視点を持って療養環境の調整に関わることは、ケア支援を考えるうえでとても重要です。多職種で情報を共有しながら、患者さんと介護者双方が無理をすることなく、患者さんが望む場所で過ごせるようなサポートを実現できると良いですね。
 吉岡先生、3か月間の研修お疲れ様でした!


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