後期研修医の鈴木です。
 当科で3か月の研修を終えられた藤田医科大学総合診療プログラム専攻医の粟坂先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表をしてくださいました。今回は、認知症の患者さんに対する緩和ケアの課題と学びについて共有してくださいました。

※症例の詳細については、個人が特定できないよう、適宜修正を加えています。

認知症患者さんへの緩和ケア・アプローチ

 粟坂先生は、誤嚥性肺炎で入院したアルツハイマー型認知症患者のAさんを担当しました。Aさんはアルツハイマー型認知症の発症から10年弱が経過しており、著明なADLや認知機能の低下がありました。肺炎として急性期治療後、胃瘻からの経腸栄養を再開したものの、嚥下機能障害のために不顕性誤嚥を繰り返し、喀痰量増加と喘鳴の出現が指摘されました。経腸栄養の中止で呼吸状態は安定しましたが、今後の栄養再開は困難と判断され、治療方針と社会環境の調整目的で当科へ介入依頼がありました。このケースから粟坂先生は、認知症患者さんの緩和ケアに特有な3つの困難を実感しました。

1. 終末期の見極めの難しさ

 認知症の経過は年単位で緩やかに進行し、感染症などのイベントによる急落と回復を繰り返すため、予後の予測が非常に難しいという特徴があります。Aさんのご家族も、面談で「また治療すれば良くなって、肺炎を繰り返しながら元通り生活できると思っていた」と語られました。アルツハイマー型認知症の指標であるFAST(Functional Assessment Staging:認知症の進行度を評価するステージ分類)では、歩行や発語の能力が失われる「Stage 7」が米国のホスピス適用基準とされています。このStage 7における6ヶ月以内の死亡率は4人に1人、生存期間の中央値は1年3ヶ月とされ、これはステージDの心不全と同等の数字です。認知症発症からの年数や現在のADLを的確に評価し、今後予測される経過を家族に都度伝えていくことが、認知症患者さんの治療方針やケアのゴールを考えるうえでとても重要です。

2. 症状評価の難しさ

 認知症が進行すると、患者さんは痛みを言葉で表現できないため、苦痛が過小評価されやすいという問題があります。患者さんの不安や苦痛はしばしば行動・心理症状(BPSD)やせん妄、あるいは攻撃性や興奮として現れるため、これらの症状が見られた場合には安易に投薬治療のみを行うのではなく、その原因を精査することが不可欠です。特に、認知症が進行しても喜怒哀楽などの感情に関する記憶は残りやすいため、患者さんが抱く不安や苦痛へ十分に対応することは、患者さんの生活の質の向上のみならず、長期的なケア拒否の防止などの側面からも大切な取り組みです。

3. 意思決定の難しさ

 先述のFASTでStage 6以降まで認知症が進行すると、患者さん自身の意思表示や言語化が急速に困難となります。本人の意思が確認できない時、治療方針の決定には家族による推量意思が参考とされますが、「意思決定能力がないこと」と「本人に意思がないこと」は同義ではありません。家族の希望をただ聞くのではなく、「本人らしさ」を家族に言語化してもらい、得られた患者さんの価値観に沿った意思決定を行うことが重要です。緩和ケア医は単なる治療方針の決定者ではなく、価値観の翻訳者や家族の治療方針決定に対する責任感を和らげる緩衝材としての役割を果たすべきと、粟坂先生はまとめました。

 これら3つの困難を踏まえ、認知機能が低下してもADLが保たれているFAST Stage 4から5の時期にACP(アドバンス・ケア・プランニング)や価値観の棚卸しを進めることが理想的であると粟坂先生は指摘しました。今回の症例では、厳格で家族から信頼されていた患者さんの人となりや、仕事でも重要な役職にあり周囲から頼られることが多かった社会歴などを家族から聞き取る中で、自身が苦しむ様子を周囲になるべく見せず、穏やかに最期を迎えることをAさんは望まれるだろうというケアのゴールが共有されました。最終的には経鼻胃管や末梢点滴を抜去してケアを継続し、Aさんは病棟で息を引き取られました。

研修を振り返ってのまとめ

 患者さんの価値観は、一人一人の苦痛に向き合い最善のケアを検討する前提となる大事な情報です。人生の最終段階に至る前から、日常診療の中で少しずつ情報を集めていくことで、患者さん・家族と医療者の間でケアのゴールに対する共通認識を持っておくことができます。大きな変化のない定期外来などでは、この視点からの情報収集を意識できると良いかもしれません。粟坂先生、3か月の研修お疲れ様でした!

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