後期研修医の鈴木です。
 当科所属専攻医の西尾先生が、これまでの当科での研修を振り返って最終発表をしてくださいました。今回は、西尾先生が飯塚病院、頴田病院で研修される中で得られたクリニカルパールを共有してくださいました。


クリニカルパールとは

  • 広く患者さんに一般化できる学び
  • 優れた臨床医が豊富な経験から抽象する知識
  • あまり知られていない事実をわかりやすく伝える
  • 注意を惹くインパクトがあり、簡便かつ理解しやすく、覚えやすい

意見が対立するときは、話の“そもそも”に立ち戻る

ケース:認知症末期の高齢患者さんが経口摂取困難となり、胃瘻の是非で家族内に意見の相違が生じている。本人は以前、「最期は苦しくないように過ごしたい」と話していた。

  • 子:「なるべく長く生きて欲しい」 → 胃瘻を希望している
  • 配偶者:「もう歳だし、十分頑張った」  → 胃瘻に否定的な反応

 家族の意見の対立をまとめるため、西尾先生は「チャンキング」という技法を使われました。

<ポイント整理>

  • チャンク・アップとは:話の抽象度を上げ、「そもそも何のために話しているのか?」を再確認する意図で行います。チャンク・ダウンはその逆で、話の具体的化によって戦略を立てていきます。
  • 今回のケースでは、チャンク・アップによって「お互いに本人のためを思っている」という共通認識を確認し、目標(本人が希望する過ごし方の実現)を達成するためにはどのようなケアが望ましいか?を問うことで、家族の向く方向を揃えて建設的な議論を行うことができました。
  • 「本人がどんな人か」を深掘りする方法については、過去記事(3Stage ProtocolのStage 2)もご参考になれば幸いです。

話し合いの構図を“対立”から“共通の目的”に昇華させる。

終末期の経過の説明は「型」を覚える

ケース:看取りの近い末期がん患者さんが入院し、初めてお会いした家族から「これからどうなりますか?」と問われた。

 西尾先生は、森田達也先生の著書を参考に、説明の「型」を自分の中に用意しておくことで、患者さんとご家族への説明の質と一貫性を保っていました。具体的には、説明の中に以下の要素を必ず組み込むようにされていました。

  • どういう兆候があれば、亡くなる時期が迫っているのか。
  • どのくらいの時間、患者さんとお話ができるのか。

    →この2つは、一般的な経過を丸暗記しておくようにしている。

 西尾先生が例に挙げられた話し方は、以下のようなものです。

「大まかに言って、だんだんの経過で亡くなる方が8割くらい、急に、さっきまで息をしていたのに気づいたら亡くなっていた、という方が2割くらいです。急にというのは、ご家族の横でお休みになっていて、ふと見てみると呼吸が止まられていた、というような状態です。」

「だんだんの経過の時には、呼吸が顎を挙げるような仕方に変わって、指先を握ると冷たくなっていて皮膚も紫色に変わってきます。これらが出てくると、いわゆる危篤状態で、数時間~半日、頑張っても1日というイメージです。」

「今はまだお話しできますが、明日、明後日とだんだんとお話が難しくなっていきます。話したい事、聞きたいことは早めの方が良いです。」

→“型”を持ち、急変の可能性、予測される変化、早めにお話ししておいた方が良いことを確実に伝える。


傾聴の前には自分なりのメンタルリセット法を

ケース:進行膵癌の患者さん。ベッドサイドで「家に帰れるだろうか」と呟いた。

 傾聴は、相手の語りの中にある価値観を見つけ、理解・共有することで、相手が課題を認識することや、課題に対する自己効力感を得ることをサポートすることを目指すのだ、と西尾先生は指摘されました。

 一方、私たち医療者側の問題として、業務が忙しい時にはゆっくり時間を取ってお話を伺う心の余裕が無かったり、そもそもネガティブなお話を受け止めることが苦手だったりすることも少なくありません。西尾先生の身近な方の例では、病室に入る前に一回深呼吸をする、外来の診察の前に必ずチョコを1個食べるなど、自分なりのメンタルリセット法をお持ちの方が多かったようです。

→傾聴が必要な場面では、まず支援者自身の用意を整える。


否認には「積極的な待ち」の姿勢を

ケース:肺がん終末期の患者さん。介護保険申請や訪問看護導入を提案されたが…。
    「まだ自分で動ける。妻もいるから手伝いは要らない。」
    「悪いことの話ばかりされて不愉快だ。」
    妻は徐々に介護負担を感じており、状態悪化時は入院を希望している。

 否認は、現状を直視しないことで、苦痛を伴う精神的状況から自分を守ろうとする、自然な心理的反応です。状況を理解していないのではなく、状況を理解しているからこそ、そのつらい現実が直視できないのです。否認自体は一時的なことが多いですが、否認が長引くと、病状の進行によって、希望するケアを受けられなくなったり、意思表示ができなくなったりしてしまう心配も出てきます。

 西尾先生は、医療者として必要な病状説明は行ったうえで、無理に現実を突きつけることはせず、「タイミングを逃さずに」必要な支援が行えるよう準備しておくことが必要だと話されました。体力の低下を自覚された時などに、患者さんがポロっと「もう持たないのかな。それなら妻に伝えたいことがある」などの言葉をこぼされたら、その時が橋渡しのタイミングです。積極的に機会を待ちながら、患者さんの否認が緩むまで「待つ」姿勢を大事にしましょう。

➡️否認は本人が辛い現実を飲み込むために必要な時間

「それでも点滴をして欲しい」の裏にある自責の念

ケース:認知症終末期で発語はなく、寝たきり状態の高齢女性。
    末梢浮腫がひどい状況だが、家族は「点滴だけでもしてほしい」と希望された。

 西尾先生は、食事ができなくなった患者さんに対し、「何もしてあげられない」とご自身を責めるご家族に出会われました。このケースのように「点滴をして欲しい」という要望がご家族からあった時、その背景には、「栄養が摂れないと弱っていく」という感情以上に、「何かをしてあげられなかったことに対して後悔している」という自責の念が隠れていることがあると、西尾先生は考えられました。

 このような時、医学的・身体的な利益が得られないことの説明だけでは、家族の感情への対応としては不十分なことがあります。一般的な身体的対応の話をしたうえで、例えば「ご本人のことで、何かしてあげたかったと思われていることはありますか?」など、ご家族の感情を尋ねてみることで、胸の内に抱えていらっしゃった思いがドレナージされるかもしれません。

➡️言葉の背景には、ご家族の「何かしてあげたい」気持ちがあるかもしれない。


「部屋が寒いからね…」は、自宅では看られないということ

ケース:進行大腸癌があり、高齢の妻と自宅で2人暮らしの男性。
    経口鎮痛剤で疼痛コントロールがつき、本人は自宅退院を希望した。

 療養の場を相談する面談で、西尾先生は患者さんの妻とこのようなやり取りをされたそうです。 

西尾先生「予後としては短い月単位です。ご本人は自宅で過ごしたいというお気持ちがあるようですが、奥さんはどのようにお考えですか?」
妻「本人の気持ちもわかるけどね。私一人でというのは難しいんじゃないかな。」
西尾先生「介護保険の制度を使えば、すべて奥さんがしなければならないということもありませんよ。」
妻「でも、部屋も寒いしね・・・。」
西尾先生「・・・。」

 療養の場の面談では、本人の希望と家族の思いが一致しないことは往々にして起こります。在宅療養が難しい理由として、家族から「部屋が寒い」「階段が多い」「家が狭い」など、医療者が「頑張れば改善できそうだ」と感じるような言葉を挙げられたとき、どのようなお返事をしていますか。
 もしかすると、その言葉の背景には、「一人では看られない」「ちょっと疲れてしまっている」というような感情が隠れているかもしれません。最終的に判断されるのは本人とご家族ですが、このような言葉が聞かれた際には、医療者側も無理に自宅退院の選択肢を推すのではなく、一歩引いて「そういうお気持ちなのですね」と感情を受け止めることが必要なのではないか、と西尾先生は指摘されました。

➡️言葉の背景にある感情を理解し、相手の立場を想像する。


竹のように強く、しなやかであるために

 発表の締めに、西尾先生は飯塚病院、頴田病院での研修を振り返り、ご自身の医師像を「竹のように強く、しなやかに」と表現されました。

  • 節の部分:人生の節目では立ち止まり、過去を振り返る時期を持つようにする
  • 空洞の部分:日常生活を積み重ねることで、柔軟に風を受け流す余裕が生まれる

 スタッフ一同、新天地でもご活躍されることを願っております。西尾先生、ありがとうございました!


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